議論はしてもいいだろうし、すべき
「古証文があるから何もしません」と言うのなら官僚が前例に従って実務をこなしていればいい話で、「法令の適否を今の視点で再検討する」というのも政治家の仕事。
その意味では「核保有の可能性の論議を」なんていうのは当然の話で「非核三原則が既に存在するか検討しちゃだめ」なんて言うのは政治家の職務放棄以外の何物でもないし、思考停止もいい所。
「非核三原則」自体も、核保有が米英仏ソだけで、日本が標的になりにくい状況の中であったから有効な発想だったわけで、日本を標的にした核兵器が、中国によって装備された段階で前提が覆された古証文である上に、実際の保有を法律的に制限しているものでも無い。
「核兵器保有制限の法律は今のところ存在しない。」「非核三原則制定時と軍事的状況が異なる」事を理解した上で、「核兵器保有が政治的・軍事的に有効か否か」という話で検討すべき話ではないだろうか。
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