相当叩かれたんだろうね
わずか2日間に再びこの話題で社説を書く羽目になるとは。もっとも8/31分社説の無責任というかまるで他人事のような文章では、それも当然だろう。
8/31 虚偽報道 朝日新聞が問われている
これらの問題は一つひとつ性格も原因も違う。しかし、こうも続いて起こると、何か構造的な問題があるのではないかと感じざるをえない。
このくらいならという気のゆるみやおごり。社内外での競争がもたらす重圧や焦り。朝日新聞という伝統と看板がかえって組織の病を生んではいないか。
こうしたことにきちんと目を向けて、病弊を根本から取り除く。日々の取材や紙面づくりで地道に努力する。それしか読者の信頼を取り戻す道はない。
あらためて、そう誓いたい。
最後の「あらためて、そう誓いたい。」がなければ「どこの問題を指摘してるんだ?」としかならない疑問文の羅列。というか「XXXXはその体質を見つめなおす必要がある」と書けば、そのまま、いつもの責任追及の文章と同じ。社説子の「俺がやったんじゃ無い!」感がとても良く現れている文章である。
それに比較すると、反省の態度は幾分見られたのが今日の社説。8/31社説に対する批判は相当にあったのだろう。(実際複数のBLOGで見かけたし)
9/1 記者と報道 事実の重みをかみしめて
企業や官公庁に不祥事があれば、それを批判してきた。「消費者より会社が大事か」「病弊の根は深い」と問い、「説明責任を果たせ」と迫ってきた。過去の社説の一言一句が、わが身にはね返ってくるのを痛感する。
かといって今回の反省が本物かどうかは判らない。情報捏造という自らの存在意義を根本から否定する行為であり、本来であればこの話題だけで社説欄を埋めるに充分な話題である。8/31も第1社説扱いながらも、社説は2本。改めての反省表明である今回は第2社説扱いということでは朝日の「誠意」は疑わしい。
というか「伊藤律インタビュー」「珊瑚損傷」という名作を、文字通り作り上げてきた(NHK圧力の件もある)朝日のことだ、単に「伝統」を守っているだけの話だろう
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