この文章をどう読むのか
週末にWEBで読んだ読売新聞6/4付け社説【[靖国参拝問題]「国立追悼施設の建立を急げ」】当然のように、靖国擁護派の方からは批判的な解説がなされている。
(一例として「溶解する日本」の文章)
確かに展開されている言葉は
「小泉首相は、いったいこれまで、どのような歴史認識、歴史観に基づいて靖国神社に参拝していたのだろうか。」
「“犯罪人”として認識しているのであれば、「A級戦犯」が合祀(ごうし)されている靖国神社に、参拝すべきではない。」と来れば「読売も転んだか?」となるのは仕方ないだろう。しかしここ数年の読売の姿勢からするとそのように解釈するのは、違っているのではないかと考える。もっと具体的に書けば「彼等は犯罪人ではないのだ、堂々と参拝せよ」が、本意だと解釈している。そのためにパル判事を筆頭に極東軍事裁判に疑義を唱えた各氏の存在をあげ、講和条約後の復権をしているのだと思う。何より今回の問題の最大の争点としている中国側の態度について「もともと、A級戦犯合祀が明らかになった後も、大平、鈴木首相の靖国神社参拝に対し、中国からの表立った異議はなかった。 異議を唱えるようになったのは、1985年に中曽根首相が「公式参拝」の形をとってからである。中曽根首相はその翌年に、中国の抗議に屈して、靖国神社への参拝を中止した。いわば中国に外交カードを与える結果になった“失政”が今日の混乱を招いた。」と指摘している点からも、それは感じられる。何にせよ発表された文章は一人歩きする可能性はある。読売新聞は、あさぴーのような目暗ましな文章などやめて、もっとストレートに主張する方が良いだろう。
(もっとも私が読売新聞を購読することは、まず有り得ないのだが)
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