2005/5/3 火曜日

憲法改正国民投票法案(2)

Filed under: 憲法改正 — clash @ 23:45:52

参考LINKはこちら
ア 予想投票の公表の禁止(68条)
メディア及び市民団体によるアンケート結果を公表することは有効であるとの論であるが、まず選挙時に制限することが一定の合理性を有するとしておきながら国民投票では合理性を有しないという論拠が希薄。そもそもアンケートとして発表されるものがアンケート主催者の政治的立場によって左右される可能性が高く中立性が保証されないデータが一人歩きする危険性を考えればある程度の制限は合理性を有するものと考える。
その意味では全面禁止も問題があるが、全面開放もまた大きな問題を有することになる。
イ 虚偽報道という名目での批判封じ込め(69条、71条)
「虚偽」や「歪曲」を理由として規制がなされると、虚偽・歪曲の判断が明確でないため、表現の自由を著しく萎縮させることになる。そもそも素案が禁止しているのは虚偽・歪曲報道を行う事である。その意味では当然過ぎる条項だと考える。
具体的に言えば「戦うことが可能な条文」があったとして、これをもって「戦うことを欲する条文」などと表現することはすでに歪曲・虚偽の類であろう。そもそも歪曲・虚偽報道を禁止することを問題視することが理解できない。よってこの条文についてもより厳格な運用及び禁止事例の提示を求めることで事足りる。
ウ 新聞・雑誌に報道・評論を掲載することの禁止(70条)
これについても、「選挙における制限は合理的であるが、国民投票には馴染まない」という言葉で反対しているだけでなぜ馴染まないかのかが希薄である。
国民(投票権者)の政治的選択の自由を保障すべきと言う点では両者に相違は無く、又メディアによる情報操作はどちらの立場によっても望ましくないものであろう。
日本のメディア自体が「政治的中立」を標榜し、建前にせよそれを前提にしている現状で、憲法改正手続きにおいて突然「メディアの政治的立場」を主張しだすのは欺瞞とも思える。
全体としてこの評論は本人の政治的立場の宣伝及び「とにかく改憲は阻止しなければ」的な意思に基づいた解釈・解説に終始しており、魅力を感じない。

てなこと書いたら「問題意識の薄い、自民党政治の犬」とか書かれるだろうなあ(笑)

憲法改正国民投票法案(1)

Filed under: 憲法改正 — clash @ 21:45:13

日々あれやこれやでぼやいていたら素敵な招待状が舞い込んできた。招待者はこの方一読すればお分かりの通り、私とは正反対の政治思考の方であろう。予想するに「日本国憲法 改正 BLOG」あたりでググってTBを送ってきたのではないかと推察する。その内容はLINKをご参考いただきたい。
結果から言えば、その批判の論拠自体、日弁連の独りよがりな解釈に基づいているのではないか?という疑問だけが残る。
大枠で言えば批判の対象は、特定の立場の人間の投票運動の禁止及び報道規制であるようだ。
まず投票運動禁止対象者
簡単に書けば、
1.公務員及び公務員に準ずる立場のものはその地位を利用した投票運動をしてはならない。
2.教員は教員としての地位を利用した投票運動をしてはならない。
3.外国人は投票運動してはならない。
4.禁固以上の刑に服しているもの
の4種類である
件の弁護士はこれに対して
しかし、教育者が憲法改正案について、授業などで討議することは考えられるし、そのような活動を禁じる必要はない。むしろ、そのような場で討議することによって、改正案についての理解が深まる。としている。
しかし条文をよく読めばわかるとおり、禁止しているのはその地位をを利用した投票運動である。よって憲法改正案に関する授業での討議は可能であろう。
ただし教育者が授業その他、教育の現場で「自分は賛成(Or反対)である」という意思表明することは生徒・学生若しくはそれらの保護者に対して無用の押し付けとなる可能性が強いので、仮に日弁連案に沿った投票権者の引き下げを検討した場合も含めて、当然禁止されるべきものと考える。
次に外国人については
法案は、外国人による国民投票を完全に禁止し、寄付の収受すら認めていない。
しかし、外国人の中にはさまざまな事情から長年在日している者もおり、国民投票運動に対して一切の関与を認めないというのはあまりに差別的である。また、例えば、外国での憲法改正後の実態などを講演したりすることは、国民の理解を深める上でも有益である。
としている。
まず外国人が投票することの可否については論ずるまでも無く否であろう。事は国家の基本である憲法についての運動であるから、なおさら外部から影響は排除した上で国民が検討投票することが望ましいと考える。
また「さまざまな事情による長期滞在者」という表現を使って、関与をさせることを目論んでいるようだが、滞在期間及び滞在理由は、投票権の付与の理由にはならない。
「外国での事例紹介と言う形で有効」という点についても、それぞの立場の投票権者が調査、紹介することで事足りるものである。「まず外国人への開放ありき」であることは否めないし、違和感を感じるものである。(そもそも独立国家の憲法改正について投票権そのものを含めて外国人の参加を積極的に認めている実例と言うのがあるのだろうか?)
公務員その他についてはなお、63条、64条、67条についても、規制を緩和すべきである。と述べているだけで緩和する理由が明らかではないが、教育者の制限と同様に、その地位を利用した投票運動は公務員の政治的中立義務からいっても禁止することに問題はないと考える。
(あくまでも地位を利用した運動の禁止であるから、投票権者としていかなる投票をしようと自由であることは言うまでもない。)
報道規制については又別途。

色々あったんですね。

Filed under: 時事 — clash @ 19:25:28

子供の作文か?最近とみに劣化が激しい東京新聞(中日新聞)の社説(5/3)である。憲法記念日ということで各社一斉に社説は憲法改正論議について。その政治的立場はともかくとして、東京新聞のこの文章の幼稚さはなんなのだろうか?「高校生による憲法擁護作文コンクール(日教組主催)」(想像)に送られたものをそのまま掲載したのか?という感じがする。
ドイツ連邦議会議長が中国の要請を拒否
先日は韓国大統領も同じようなことを試みたが失敗。まあこの2カ国に限らず、左巻きの方々も持ち出す「ドイツによる真摯な謝罪」というのは実際には「ナチスによる民族浄化」に関わる部分だけでそれ以外の植民地経営及び戦争そのものに対するそれでは無い事は常識ある人間なら知っていることなんだが。まあ実際ドイツのように「全てはナチスが悪く、私達も被害者なんです。」的態度が世界標準といえば世界標準なんでしょうけど、それが日本に当てはまるかどうかは別問題。
魔裟斗「韓日代表戦ナンセンス」
まあ、これが標準的な反応だなあ。団体競技ならともかく、完璧な個人競技で「国家の威信!」とか言われてもねえ。そういやこの間のプライドに出ていた韓国人選手。「野村を破った男」とかいう前評判だった記憶があるのだが、よくよく考えてみればその試合というのが「ドイツ国際柔道」一線級は出ないか、出ても追い切り代わりの試合ですよ。「学閥に負けてオリンピックには出場できなかった」とかも言っていたが、要は実力だったんだな。
おまけ
原田知世さんご結婚
そうですか、知世さんも37歳でしたか。結婚よりそっちの方が驚き。
いやな世の中ですねえ
この人たちにとっては「改憲派」や「非謝罪史観の持ち主」が発言することがそのまま「歴史や平和について話し合いにくい、ゆがんだ状況」なんだな。それらの発言自体が「歴史や平和」について語っているとは思考できない狭い考えであり、思想・発言を制限しようしていることに他ならない(実際、15年前なら想像つかないなわ、総理の靖国参拝で賛成が半数近いというのは)ことに、いつ気づくんだろう。
そういや野中氏は現職を降りてから、先祖がえりというか正体をはっきり見せてますねえ、権力目当てで自民党に鞍替えしただけの事はある。

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