参考はここのコメント#1をご参照でお願いします。
質問の最初に「中韓の影響を利用をした靖國参拝賛成派の意見」と言うような意味合いの言葉があるんですがこれは何かを勘違いなさっているのでは?
そもそも「中韓がとやかく言うから靖國参拝は止めろ」という意見は散見しますが「中韓がとやかくいうから靖國参拝をすべき」なんて意見は、少なくとも私は見たことも、聞いたことも無い。
あるのはせいぜい「中韓がとやかく言おうとも靖國参拝はすべき」若しくは「中韓がとやかく言っている間は靖國参拝を辞めるべきではない」という意見だけ。
反対の意見を改竄しての「印象操作」を狙っているんでしょうか?
その意味でこの言葉を敢えて最初に持ってきた意図を逆にお聞きしたいですな。
「中韓がとやかくいうから靖國参拝をすべき」なんて誰が言ったんですか?
さて次に「靖國という追悼形式が日本古来の伝統意識に沿ったものか」というご質問ですが、そもそも「靖國という追悼形式」が「日本古来の伝統意識に沿ったもの」である必然性があるんでしょうか?
靖國自体が「明治維新」という「国家体制の大転換」を前提としたものであり、「中央政府→地方政府→地域住民」という支配体系から「中央政府→国民」という支配体系への変換の実体化の一具象ですから、そもそも(少なくともそれ以前に行われていたという意味での)「伝統意識」と合致していなくも当然。
「靖國」自体はあくまでも「殉職従軍関係者(軍人、軍属以外も含む)の追悼の場」であってそれ以上でもそれ以下の何者でも無い。そしてそういう場所に総理大臣やその他の公職者が定期的に参拝することが、公式であれ、私的であれ問題が有るとは私は思いません。
さらに明確にしておきたいのは「神社」という施設で使われる「神」と言う言葉は、キリスト教やイスラム教における「神」とは別次元の存在であるし、そこの違いを無視して「A級戦犯を神と看做している靖國」なんていう批判はそれこそ「日本古来の伝統意識」からかけ離れていると思うんですがいかがでしょう?
以上のような追悼施設の話と別に、そもそも「旧戦犯受刑者」に対する処遇を、戦後の日本は国会決議及び関連法規を国会で正規の手続きを取って、犯罪者としては扱わないことを明確に定めているんですけど、この事実を、現在「靖國批判、旧戦犯者批判」行っている方は歴史的に無視しているように見えるんですが、そういう処理がされていることはご存知ですか
「知らなかった」と言うのなら知った上で、問題を再整理すべきだし、知っていると言うならばこの事実をどう処理するのか答えて欲しいですね。
断っておくけど「旧A級は別」と言うのは無しですよ、国会決議でも関連法規でも一切「但し旧A級は除外する」なんて書かれていないし、行政処理上も除外されて来なかったわけですから。