日弁連の「正義」とは何か
「自分の体験していない事実を想像で組み立てて自白した」
「被告に前科や犯行の計画はなく、死刑は重きに失して不当」
この二つが一人の人間の主張として成立する?
日弁連の公式サイトの「弁護士の使命と役割」の中に「社会的正義の実現」という言葉があるのだが、「正義」という言葉を不用意に使いすぎかと。例えて言うならMSの「仕様です」と一緒。
弁護士が依頼者を弁護するのは職業的に当然だとしても、まともな弁護しないと、「容疑者の法的利益の確保」どころじゃないと思う。
洋野母娘殺害 控訴審が結審
この日の最終弁論で、弁護側は1審の事実誤認と量刑不当を主張した。犯行は、産業廃棄物の不法投棄グループの「清川」という人物らによるものだとし、「グループの秘密をばらすことで妻子に被害が及ぶのを恐れ、自分の体験していない事実を想像で組み立てて自白した」と述べた。
さらに、事実誤認が認められない場合でも、「被告に前科や犯行の計画はなく、死刑は重きに失して不当」と死刑回避を求めた。
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