「市民政治」の実態
仕事やらプライベートの競馬場めぐりやらで、すっかりご無沙汰
「裁判員制度」の対する批判というのをこの間いつもの掲示板で見かけたんですが、これをかいた人間と言うのは「国民投票法法案」にも反対していた人間なのね。
でもってこの人間と言うのは普段「市民が参加」とか「国民が参加」とかを連発しているような輩なの。
冷静に考えれば、この二つというのは日本の政治・法制度においてエポックとなりえる制度であって、ある意味究極の「国民参加」であるわけ。
それを「ミスリードされた愚民によって裁かれる」とか「憲法が変わってしまう」と言うような表現で批判するというのはどう事なんだろうね、普段やたらと「参加」を叫んでいる人間が。
まあ、この人たちにとっての「民主主義」というのは「自分の意見だけが尊重される仕組み」でなきゃいけないんだろうと、部外者としては思うわけですよ。
そうでなければ「選ばれし者による賢人政治」なんだろうね、この人たちの理想の社会は。
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至言です。
ついでにアメリカ陪審制度を礼賛するかと思えば、米国帝国主義と言ったりする。
コメント by psq — 2007/9/29 土曜日 @ 14:43:36
日本共産党と裁判員制度
この記事は当初は『反新自由主義陣営・護憲派がなぜ日本共産党(以下,単に共産党と書く)へ結集しないのか』という趣旨で書き始め,長いこと放置していたものである.共産党への批判を含むことになるので,陣営に分裂を持ち込むことにならないか危惧していたからなのだ…
トラックバック by アルバイシンの丘 — 2008/7/5 土曜日 @ 12:53:50
こんにちわ.TB戴きありがとうございました.
現実化されようとしている裁判員制度というのは,どうも理想的なものとはならない可能性が高いようですよ.
私も理念には大賛成なんですけど,どうも「崇高な理念」の実現ではなく,「裁判の手抜き」が実現しそうです.
コメント by アルバイシンの丘 — 2008/7/5 土曜日 @ 13:05:28