2005/12/9 金曜日

「する自由」と「されない自由」

Filed under: 政治 — clash @ 23:04:31

更新が滞ってますが生きてます。
団体メンバーに逆転有罪 立川反戦ビラ事件 東京高裁判決(産経)
防衛庁官舎ビラまき事件に逆転有罪判決…東京高裁(読売)
立川反戦ビラ訴訟:「信じられない」支援者ら怒りの声(毎日)
一審無罪判決破棄、被告3人に罰金刑 立川ビラ配布訴訟(朝日)

事件自体は、本来なら「注意程度」で済ますべきレベルだったのかもしれないのだが、被告自ら「権利」と言う形での評価を求めていたので仕方ない結果だと思う。
これが「刑事罰を与えるほどの行為か否か」で裁判を争えば、高裁判断も変わった可能性も捨てきれないというのは甘い考えかな。
判決積極的支持の産経、被告側の言い分及び画像垂れ流しの毎日・朝日というのは実にわかりやすい構図なわけですが、本来「する自由」の裏側には「拒否する自由」というのが存在するのは明らかなわけで、その「拒否する自由」を無視して自らの権利だけを「尊重しろ」と言うのでは、党派的立場を無視した上でもやはり賛成はできません。
以下は毎日に掲載された識者(藁)の評論ですが
 ◇ビラ、居住者が判断
 阪口正二郎・一橋大教授(憲法)の話 判決はビラ配布行為が自衛隊官舎の管理権者の意思に反するとしているが、管理権者と居住者個人の意思は同じではない。ビラを受け取るかどうかは居住者が判断すべきで、他者が勝手に遮断することは許されない。ビラ入れを迷惑と感じる人もいるかもしれないが、嫌なら個人が意思表示すべきで、それは民主的な社会を維持するために我々が支払うべきコストだ。

 ◇価値観否定する行為
 渥美東洋・京都産業大法科大学院教授(刑事法)の話 異なる価値観同士に優劣はないというのが民主主義の前提だが、自衛隊派遣に反対できない自衛官に反対のビラを配る行為は、異なる価値観を一方的に否定する行為と言える。これが公的な場であれば言論の自由として許されるが、他人の私的領域に踏み込んで相手の価値観を否定する活動を行うのは許されない。そのことを裁判所ははっきり示すべきだ。

どちらが社会人、生活人としてまともな意見かは、はっきりしていると思う。というか無罪のために「居住者の意見と管理権者の意見の相違」を主張するのであれば、それを立証する義務は被告側にあるだろう。しかも確信的に「自衛隊官舎でビラ配り」する勢力に対して、自衛隊関係者が「個人として反対若しくは阻止」の主張をした場合、どんな無茶を言い立てるかは、もっと明らかだろうし、その危険性を被害者である官舎居住者に強いるというのは「憲法の要求するリスク」とも思えない。
もしかしてこの国で一番非現実的な判断をしているのは「国立大学系憲法学者」なんじゃないかと思う今日この頃である。

1 Comment/Trackback »

  1. TITLE: 毎度おおきに
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    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
     いつもTBありがとうございます。
    また、僕とは違った切り口であることが多く、いつも新鮮に読ませていただいております。

     TBは頂きっぱなしでは申し訳ないので打ち返すのですが、どうもサーバの相性でも悪いようで蹴られちゃって反映しないようです。
    頂きっぱなしってことで悪しからず。

    PING:
    TITLE: 朝日新聞は都合の悪い情報を隠す新聞だ
    BLOG NAME: 新聞拾い読み ほか
     昨日もそうだが、朝日新聞はどうしようもない。10日の社説では、住居進入の問題を

    コメント by 佐藤健@溶解する日本 — 2005/12/11 日曜日 @ 2:56:44

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