2004/12/1 水曜日

国内問題として捉える「靖国参拝」

Filed under: 政治 — clash @ 23:52:03

さてと、相も変わらず近隣の強盗養成国家から文句が来ている首相の靖国参拝問題。
社共はともかく、自称政権担当能力のある野党も「近隣諸国の感情」などという理由にならない理由を挙げて、意地になって参拝を続ける首相を批判している。最早反対のための反対でしかないこれらの発言を細かくリンクで紹介する気は無い、また推進派が要求する8/15という日付に対する拘りもまた、別な意図を感じることは前にも書いた。
そこで今回は別な視点として「国内の問題点として、何が存在するのか」ということを考えてみたい。
そもそも国軍兵の公務死について、国家が特別な追悼することの是非
これ自体は形式は色々あるにせよ、軍隊を保持している(保持していた)国家としては普通に見られることである。(まさか、アーリントン国立墓地が違うとは言わないよね)
次にその形式であるが、日本の神道というものの特殊性を理解しないといけない。神道における「神」を英語で言うところの「GOD」と解釈してはいけない。
「何を根拠に!」という方もいるだろうが、日本のあちこちにあるであろう「稲荷信仰」にせよ、そこで祭られているのは特殊な存在としての「神」では無いはずだ。キリスト教で言うところの「神」であれば服従の対象であろうが、神社の御神体がそのような対象であるとは聞いたことがない。死者をさして「霊」という表現にしても先ほどあげたアーリントン国立墓地でも使用されている表現であり、殊更「信仰」であることを強調するのは、神道における「神」という言葉の理解としては間違いであろう。
憲法の「政教分離規定」を持ち出す者も存在するが、だとすれば「クリスマスミサに出席している国会議員」も憲法違反である。
次に「戦争犯罪者が含まれている点で戦争を反省していないことである」という議論。
そもそも現段階で「戦争犯罪人」なるものが日本の法律上存在するのか?「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」(昭和二十七年十二月九日に衆議院で可決)この決議以降「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の改正等により、「犯罪者である戦犯」は現行法上存在しない。その意味で上記の意見はやはり的外れであろう。
そもそも、「戦争責任」とは何?
「戦争を始めた責任」なのか、「戦争を続けた責任」なのか、「戦争に負けた責任」なのか?
「戦争責任」を主張する側でこの部分をきちんと説明してくれる人もいないんだよね。
これについて言えば、当時の法律下で「公務員が公務として行った行為」が犯罪として問われる余地があったのか、重要なのは「公務を利用して」ではなく「公務として行った」ことの犯罪性の立証をしてほしいんですけど

No Comments/Trackback »

この記事にはまだコメントがついていません。

コメント RSS TrackBack URI

コメントをどうぞ

HTML convert time: 0.762 sec. Powered by WordPress